Makassarに関する記事一覧


Indonesia Makassar

「あと5分で着きます。」その言葉に何度も振り回され、焦り続けていた頃がありました。けれど、工場で聞いた「もう少しだけ」という一言が、私の時間の捉え方を変えてくれました。急がないことは、失うことではなく、何かを受け取るための時間だった。マカッサルで暮らして気づいた、小さな価値観の変化を綴ります。

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インドネシアで暮らし始めた頃、毎朝四時のアザーンが苦手でした。でも五年後、日本でその音が聞こえない夜に違和感を覚えた自分がいました。異国の暮らしが、少しずつ自分を変えていった記録です。

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「マカッサルには、何もない。」そう思っていた私が、5年後には、この街を好きになっていました。観光ガイドには載らない景色の中で、少しずつ変わっていった自分自身の話です。

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「少しお休みをいただけますか。」そう言って事務所に入ってきたスタッフの表情は、いつもと違っていました。彼女は実家へ戻ることになりました。私は、できることを少しだけしたつもりでした。しかし、一か月後、給料日でもない日にかけられたありがとうの一言が、私の経営に対する考え方を静かに変えてくれました。

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今日の午後には、タコが届きます。その言葉を信じて待っていた私は、何度も港の方を見ていました。しかし、船が着いたのは夕方。苛立ちながら港へ向かうと、そこで出会った漁師は、腕時計をしていませんでした。海で生きる人たちは、何を見て時間を測っているのか。マカッサルの港で知った、日本とは少し違う「時間」の流れについて書きました。

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夜11時を過ぎても、画面の中の数字は何も答えてくれませんでした。誰かに電話をかけたい。でも、最後に決めるのは自分しかいない。海外で会社を経営するようになって初めて知った、「決断する」ということの重さ。マカッサルの静かな夜と一杯のコーヒーが、今でも忘れられない理由を書きました。

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信じていたスタッフが、ある日突然いなくなった。理由も、連絡もない。「裏切られた」と思っていた私に、現地の知人は静かに言った。「悪い人じゃないよ」。その一言が、私の「信用」という当たり前を少しずつ変えていった。インドネシアで学んだ、人を信じるということの話です。

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人生は、思い通りに進むものだと思っていた。50歳で日本を離れ、インドネシアで工場を立ち上げた初日、その当たり前は静かに崩れた。何もできなかった二日間と、港で出会った一人の漁師。その二日間が教えてくれたのは、「待つ」ということの意味だった。

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初めてマカッサルで夕日を見た日、私はまだ日本を離れるとは決めていませんでした。人生を変えたのは、あの夕日ではありません。十年以上経った今でも、その景色だけは鮮明に覚えています。工場の一日が終わるたび、同じ夕日を眺めながら思うことがあります。50代で海外へ渡った私が、マカッサルの夕日に重ねる「人生の景色」を綴りました。

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50歳で日本を離れ、「人生をやり直そう」と決めて始まったマカッサルでの5年間。思い通りにならない日々の中で、失ったものもあれば、気付いたこともありました。人生は遠くにあるものではなく、毎日の仕事や、人との出会いの中にあったのかもしれません。「人生をやり直したのだろうか。」という問いに、今の私なりの答えを書きました。