Makassarに関する記事一覧
マカッサルで暮らす。比べなくなった。
マカッサルで暮らし始めた頃、私は何でも日本と比べていました。仕事の進め方、街の様子、人との距離。けれど、暮らす時間が長くなるにつれて、その比較は少しずつ消えていきました。比べることをやめたとき、この街は「海外」ではなく、私にとっての当たり前の暮らす場所になっていました。
マカッサルで暮らす。帰る場所が、二つになった。 ·
マカッサルで暮らし始めた頃、この街は仕事をする場所でしかありませんでした。けれど、いつものカフェ、いつもの市場、いつもの景色が少しずつ増え、気づけば「マカッサルへ帰ります」と口にするようになっていました。暮らす時間は、人の心の中にもう一つの帰る場所を作ってくれるのかもしれません。
マカッサルで暮らす。食べるたびに、この街が好きになった。
マカッサルへ来た頃、インドネシア料理はどれも同じように見えていました。けれど、暮らしているうちに少しずつ味の違いが分かり、気づけば「あと一回、あの店へ行こう」と思うようになっていました。旅ではなく、暮らすからこそ出会える「いつもの味」。食べることが、この街を好きになった一番の理由だったのかもしれません。
マカッサルで暮らす。ありがとう、が増えた。
マカッサルで暮らし始めて、気づけば一日に何度も「Terima kasih」と口にするようになっていました。最初は覚えたばかりのインドネシア語だったその言葉は、いつの間にか私の日常の一部になっていました。暮らす場所が変わると、話す言葉も少しずつ変わっていく。そんな小さな変化です。
マカッサルで暮らす。知らない人が、笑いかけてくる。
マカッサルで暮らし始めて驚いたのは知らない人が自然に笑いかけてくることでした。最初は戸惑い警戒していた私も気づけば笑い返すようになっていました。そして、よく行くカフェやスーパーでは顔や好みまで覚えてもらえるように。人との距離が少し近いこの街で過ごすうちに、暮らすという言葉の意味が少しずつ変わっていったような気がします。
マカッサルで暮らす。理由なんて、聞かなくてよかった。
以前の私は、従業員が休むたびに理由を聞いていました。それが経営者の仕事だと思っていたからです。でも、マカッサルで働く人たちと過ごす中で、その考えは少しずつ変わりました。管理することより、信じることの方が難しい。そして、その方が人は応えようとしてくれる。異国で働きながら学んだ、小さな価値観の変化を書きました。
マカッサルで暮らす。急がないという豊かさ。
「あと5分で着きます。」その言葉に何度も振り回され、焦り続けていた頃がありました。けれど、工場で聞いた「もう少しだけ」という一言が、私の時間の捉え方を変えてくれました。急がないことは、失うことではなく、何かを受け取るための時間だった。マカッサルで暮らして気づいた、小さな価値観の変化を綴ります。
マカッサルで暮らす。一日は、アザーンから始まる。
インドネシアで暮らし始めた頃、毎朝四時のアザーンが苦手でした。でも五年後、日本でその音が聞こえない夜に違和感を覚えた自分がいました。異国の暮らしが、少しずつ自分を変えていった記録です。
マカッサルには、何もない。それでも、この街を好きになった。
「マカッサルには、何もない。」そう思っていた私が、5年後には、この街を好きになっていました。観光ガイドには載らない景色の中で、少しずつ変わっていった自分自身の話です。
思い通りにならない場所で。ありがとう、は給料より難しかった。
「少しお休みをいただけますか。」そう言って事務所に入ってきたスタッフの表情は、いつもと違っていました。彼女は実家へ戻ることになりました。私は、できることを少しだけしたつもりでした。しかし、一か月後、給料日でもない日にかけられたありがとうの一言が、私の経営に対する考え方を静かに変えてくれました。