インドネシア・スラウェシ島最大の都市マカッサルは、港町らしい自由な空気と、活気あるナイトライフが共存しています。
しかし、ある出来事が、その印象を大きく変えることになりました。
2025年4月18日、金曜日の夜。
友人たちと向かったのは、ナイトパブ「Helen’s Play Mart Makassar」。
通常であれば、週末の21時過ぎともなれば、多くの若者で賑わっている時間帯です。
ところがその夜、店内には誰一人客がいない。
空っぽのフロアに響く音楽だけが、妙に浮いていました。
違和感を覚えつつビールを一杯だけ飲み、早々に店を後にしました。
そして5日後、飛び込んできたニュース――
「Helen’s Play Mart、無許可営業発覚により封鎖」
「市民団体が抗議デモ、恒久的閉鎖を要求」
あの不思議な静けさは、まさに嵐の前触れだったのです。
4月18日、金曜日の夜21時過ぎ。
友人たちと食事を終え、マカッサル市内中心部にある「Helen’s Play Mart」へ向かいました。
普段よく通うスーパーマーケットの2階にできたことは知っていましたが、これまで行く機会がなく、「どんな店なのか一度見てみよう」という軽い気持ちで訪問しました。
店内に足を踏み入れると、まるで近未来空間に迷い込んだかのような不思議なつくり。
まず最初に並んだお酒を購入し、その後、奥にあるパブスペースで飲める仕組みになっていました。
通常であれば、週末のこの時間帯にはナイトパブも人であふれ、音楽と歓声が街にこだまするはずです。
しかし、Helen’sの店内は驚くほど静かで、客は一人もいない状態。
客席はガラガラ、空しく響く音楽だけが広がり、スタッフたちも所在なげに立っています。
「何かおかしい」
そう感じるほどの、不自然な静けさと空気の重さ。
とりあえずビールで乾杯し、友人たちと軽く言葉を交わしましたが、違和感は消えませんでした。
長居は無用と判断し、ビールを飲み干すとすぐに店を後にしました。
あの夜の異様な空気――
それが、5日後に起きる封鎖とデモの前兆だったとは、このときは知る由もありませんでした。
マカッサルは、一見すると賑やかで開放的な港町です。
レストランやカフェ、バーも市内中心部に多く、ビール(アルコール度数5%以下・カテゴリーA)を楽しめる店は比較的たくさんあります。
しかし、ここに大きな違いがあります。
ワインやウイスキー、ラムといったアルコール度数5%を超える飲料(カテゴリーB・C)を提供する店は、非常に限られているのです。
これは、インドネシア国内でもジャカルタ、スラバヤ、バリといった大都市・観光地とはまったく異なる状況です。
ジャカルタやバリでは、多くのレストランやバーでワインリストやカクテルメニューが当たり前のように用意されていますが、マカッサルではそうした店は数えるほどしか存在しません。
つまり、マカッサルは「お酒が楽しめる街」とは少し違った顔を持っています。
その背景には、宗教的な価値観、地域社会の道徳規範、そして地方政府による厳格なアルコール規制があるのです。
インドネシアでは、アルコール飲料はその度数によって次のように分類されています。
カテゴリー 度数 主な例 必要な許可
A 5%以下 ビール SKPL-A
B 5%超~20% ワイン、ミード SKPL-B
C 20%超~55% ウイスキー、ラム SKPL-C
特にカテゴリーB・Cの取り扱いには、地方自治体から発行される特別な営業許可(SKPL-B、SKPL-C)が必要です。
マカッサル市ではこの取得基準が非常に厳しく、さらに地域社会からの目も厳しいため、ハードリカーやワインを堂々と提供できる店舗は極めて限られています。
そのため、地元の人も外国人も、「どこでもワインやカクテルが飲めるわけではない」ということを理解しておく必要があります。
Helen’s Play Martは、無許可のまま度数5%を超えるアルコール飲料(ワイン、リキュール類)を提供していたことが、抜き打ち検査で発覚しました。
さらに、未成年者の入店も見つかり、道徳的観点からも強い非難を受けました。
封鎖措置の発表後、SNS上では店を批判する投稿が急増。
「公共の秩序を守れ」「道徳に反する店は許すな」といった声が高まり、地元若者団体によるデモ活動へと発展しました。
店の前に集まったデモ隊は、「一時閉鎖では甘すぎる、恒久的閉鎖を!」と訴え、プラカードを掲げました。
ナイトパブという空間は、娯楽の場であると同時に、社会の価値観がぶつかり合う“縮図”でもある――そんなことを痛感させられる出来事でした。
では、なぜHelen’sは無許可でアルコールを提供し続けていたのでしょうか?
地元事情に詳しい関係者の話や一般的な背景を踏まえると、次のような推測が成り立ちます。
マカッサルでは特にカテゴリーB・Cの許可取得に高いハードルがあり、資金的にも負担が大きい。
収益確保のため、リスクを承知の上で“黙認”のような形で営業を続けた可能性。
他にも類似店が存在していたため、「うちだけ大丈夫だろう」と軽視していた可能性。
結果的に、それが事態を悪化させ、社会問題にまで発展してしまったのです。
マカッサルでナイトスポットを楽しむなら、次のことを心がけると安心です。
✅ 過剰な飲酒・騒ぎは避ける
地元社会では「酔って騒ぐ行為」が特に嫌われます。
✅ 金曜日夜は慎重に
礼拝後は警戒が強まるため、特に配慮が必要です。
✅ ラマダン・レバラン時期は控えめに
この時期、基本的には営業停止措置や自粛が行われています。
✅ 公共の場での飲酒は禁止
飲酒はホテルやレストラン内、自室などプライベートな空間に留めましょう。外で飲酒しながら歩くなどは、大変危険な行為です。
マカッサルは、南国らしい自由な空気を持つ一方で、宗教的・文化的規範に支えられた厳格な社会でもあります。
自由に見える街並みの裏に、見えない「ルール」が存在する。
そして、そのルールを軽視すれば、一夜にして社会問題の渦中に巻き込まれるリスクがあるのです。
今回、私は偶然にもその“静かな異変”を感じ、デモ発生という現実を目の当たりにしました。
ナイトスポットを楽しむときには、華やかな表面だけでなく、その土地の文化や空気感にも敏感になること。
それが、安全で心地よい滞在を守るための、何より確かな方法だと強く感じています。