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インドネシアでの挑戦から3年半、東京で語った、ゼロから始めたタコ事業の軌跡

2025年、春。3月31日に東京駅近くのビジネス街にあるセミナーホールで、私は一人ステージに立っていました。テーマは「インドネシアでのタコ事業:ゼロから年商5億円へ」。聴衆の前でマイクを手に語ったのは、現場での泥臭い挑戦と、信頼を積み重ねてきた歩み。私がなぜインドネシアでタコ事業を始めたのか、どのような苦難を乗り越えてきたのか、そしてこのセミナーで本当に伝えたかったことを、改めてここに綴りたいと思います。

運命のはじまり

すべての始まりは、JICA(国際協力機構)が推進するひとつのプロジェクトでした。

当時、水産加工会社に勤務していた私は、偶然の縁からインドネシアのタコに関する技術協力プロジェクトに参加することになりました。

初めて訪れた南スラウェシ州の海は、白砂とサンゴ礁に囲まれ、想像以上に豊かなタコ資源が眠っていました。にもかかわらず、その資源はほとんど活用されていませんでした。理由は明快です。加工技術、保存体制、輸出ルート──どれも整っていなかったのです。

それでも私は直感的に「この地には可能性がある」と感じました。海は豊かで、漁師たちの伝統技術も確かなもの。ならば、必要なのは“つなぐ力”ではないか? 日本の食卓とインドネシアの海を結ぶ仕組みができれば、未来はきっと変わる。そう信じるようになったのです。

50歳手前での決断!すべてを捨てての再スタート

会社勤めを続けるなかで、インドネシアのタコを日本品質に引き上げるための構想が、次第に明確になっていきました。そしてついに私は、23年間勤めた会社を退職。50歳を目前に控え、人生最大の挑戦に踏み出す決断をしました。

2021年、現地の仲間とともに、インドネシア・マカッサルに現地法人を設立。私の挑戦はここから本格的に始まりました。日本のように整ったインフラも、安定した物流も、信頼できるサプライチェーンもない場所で、工場を構え、スタッフを雇い、加工体制を作り上げるというのは、想像以上に困難の連続でした。

それでも現地で直接対話を重ねながら、「この事業が成功すれば、地域に雇用が生まれ、漁師の暮らしも良くなる」と語ると、目を輝かせてくれる人たちが少しずつ現れてきたのです。

3つの壁

この3年半を振り返って、最も苦労したのは「資金」「品質」「信頼」の三つの壁でした。

資金の壁

銀行には何度も断られました。「コロナ禍で海外事業? リスクが高すぎます」と。

それでもあきらめずに想いを語り続けた結果、ある日ファンドの担当者がこう言ってくれたのです。

「この想い、本気ですね。私たちも一緒に挑戦したい。」

その言葉がなければ、今の姿はなかったと思います。

品質の壁

インドネシアのタコは美味ですが、品質が安定しません。漁獲後の冷却が甘ければ臭みが出る。加工時の塩もみや加熱の加減ひとつで、食感や風味が大きく変わってしまいます。日本の消費者が求めるレベルに達するには、すべての工程を“日本品質”に合わせて見直す必要がありました。

そこで活躍してくれたのが、元技能実習生や元工場スタッフたち。日本での経験をもつ彼らとともに改善を進めたことで、現地にも「品質への誇り」が少しずつ根付いていきました。

信頼の壁

文化も習慣も異なるインドネシアで、漁師やスタッフと本当の信頼関係を築くのは簡単ではありません。最初は誤解やトラブルも多くありました。しかし、何度も現地を訪れ、一緒にご飯を食べ、冗談を交わし、真剣に未来を語る──その地道な積み重ねが、やがて確かな絆へと変わっていきました。

実現したこと、そして見えてきた未来

現在、タコを安定供給する体制を構築し、日本市場を中心に展開を進めています。ようやく“事業”としての輪郭が明確になってきました。とはいえ、これはあくまで出発点にすぎません。

これからの展望はさらに広がっています。

なにより大切なのは、事業の“社会的価値”を持ち続けること。漁業資源の持続的な利用、適正価格での買取、漁師の生活向上、地域の活性化、これらはすべてSDGsに直結し、私たちが目指す未来そのものです。

セミナーで伝えたかったこと

セミナー当日、私は冒頭でこう問いかけました。

「皆さん、海外ビジネスは特別な人にしかできないと思っていませんか?」

でも私は、かつてスーパーと水産加工で働いていた普通の若者でした。特別なチャンスを掴んだわけではありません。小さな一歩を踏み出し続けた結果、少しずつ扉が開いていっただけなのです。

今や、中小企業こそ世界に出るべき時代です。日本の技術、品質、そして誠実さは、必ず世界に通用します。重要なのは、自分のやりたいことをどれだけ本気で人に伝えられるか。資金がないからできないのではありません。伝え続けることで、必ず共感者が現れます。

すべては「動いた人」から始まる

人生を変えるきっかけは、いつも「動いた人」に訪れます。

完璧な準備が整ってから動くのではなく、未完成でも一歩を踏み出した人だけが、新しい景色を手に入れることができるのです。

私もそうでした。経験も、人脈も、資金も、何もない状態から始まりました。ただ、「この海に未来がある」と信じ、現地に足を運び続けた。その積み重ねが、今の私をつくってくれました。

私のような普通の人間でも、海外でビジネスを築くことができました。だからこそ、これを読んでいるあなたにも、必ず可能性があると伝えたいのです。

あの日の一歩が、今につながっている

もしあの時、会社を辞める決断をしていなければ。

もしあの時、資金調達をあきらめていたら──

きっと、今の私はいなかったでしょう。

不安も葛藤も、すべてが挑戦の証です。

でも、一歩を踏み出せば、必ず景色は変わります。

これからも、私はインドネシアの海と日本の食卓をつなぐ挑戦を続けていきます。その先にあるのは、ビジネスの成功だけでなく、“人と人が信頼でつながる未来”です。

一歩を踏み出せば、必ず何かが動き出す。

未来は、行動する人のために、いつだって用意されているのです。

kenji kuzunuki

葛貫ケンジ@インドネシアの海で闘う社長🇮🇩 Kenndo Fisheries 代表🏢 インドネシア全国の魅力を発信🎥 タコなどの水産会社を経営中25年間サラリーマン人生から、インドネシアで起業してインドネシアライフを満喫しています。 インドネシア情報だけでなく、営業部門に長年いましたので、営業についてや、今プログラミングを勉強中ですので、皆さんのお役にたつ情報をお伝えします。