ワカトビ諸島、特にワンギワンギ島にある「モラ村(Mola Village)」は、バジャウ族が暮らす独特な集落として知られています。バジャウ族は、東南アジアの海洋遊牧民で、フィリピンやインドネシア、マレーシアなど広範囲にわたり生活しています。彼らは海と共に生きる民族として、何世代にもわたって海上生活を続けており、モラ村では、今もその伝統的な生活様式が色濃く残っています。
モラ村の風景は一見して異彩を放っています。家々が海上に建てられた高床式の住居で、村全体が海に浮かぶように見えます。これらの家屋は、海を中心とした生活に適した構造で、村の生活そのものが海に根ざしています。バジャウ族は、漁業を中心とした生活を送り、海から得た魚や貝を日々の食糧としています。村の男性たちは、毎朝素潜りで魚を捕るため海に出かけ、家族に新鮮な魚を持ち帰るのが日常の一部です。
バジャウ族の素潜り技術は非常に高く、水深20~30メートルもの深さまで潜ることができると言われています。この能力は幼少期から鍛えられ、海と共に生きるバジャウ族にとっては欠かせないスキルとなっています。また、彼らの家族単位での漁業は、村全体の連携を強め、村社会に独自の結束をもたらしています。
バジャウ族の暮らしはシンプルでありながらも、彼らの海に対する深い理解と、世代を超えた技術の伝承が息づいています。村を訪れることで、バジャウ族がどれほど海に依存し、その恵みを大切にしているかを肌で感じることができます。
バジャウ族との夕食は、その日朝に漁師たちが捕った新鮮な海産物を中心に、シンプルかつ贅沢な内容でした。村で採れたばかりの魚介類が次々とグリルされ、特製のサンバルソースをかけていただく料理は、海の恵みを存分に感じることができるものです。特に、ハタやアオリイカ、そして見たことのないサザエのような大きな貝が目を引きました。
ハタはその鮮度が際立ち、皮はカリッと香ばしく、中の身はふっくらとジューシー。魚本来の甘みが口いっぱいに広がり、そこにサンバルソースの辛味と酸味が絶妙に絡みます。このサンバルソースは、地元のトマトや唐辛子をふんだんに使っており、特有の酸味が魚介類の旨味をさらに引き立ててくれました。アオリイカも驚くほど新鮮で、炭火で軽く焼かれたその柔らかさは絶品でした。噛むほどにじわじわと広がる甘みがあり、まさに地元で採れたての食材ならではの風味です。
貝類は見たことのない種類で、その食感は少し歯ごたえがありながらも、中からジュワッと濃厚な旨味が広がるものでした。これらの海産物は、地元のバジャウ族が素潜りで採り、朝から準備してくれたものと聞いて、その手間暇を感じながら味わいました。
夕食には、ワカトビ諸島特有の伝統的な主食「カスワミ(Kasuwami)」も添えられていました。
カスワミは、キャッサバ(シンコ)をすりおろして作る料理で、ワカトビでは米の代わりに食される主食です。特にキャッサバは、この地域でよく栽培されておりワカトビの食文化に深く根付いています。この料理は、一見するとシンプルですが、独特の製法があります。キャッサバをすりおろして水分を絞り、それを蒸して固めることで、ふんわりとした食感を持ちます。蒸した後、白い円錐形の山のような形をしており、見た目にも地域の文化を反映した伝統的なスタイルです。淡白な味わいですが、魚やサンバルの強い味とよく調和し、全体的にバランスの取れた食事を楽しむことができました。
ワカトビの人々にとってカスワミは、日常の食事だけでなく、祭りや特別な行事でも重要な役割を果たしていて人々の絆が深まると言われています。この料理を味わうことで、単に食事を楽しむだけでなく、ワカトビの文化や歴史の一端を感じることができました。
夕食をさらに特別なものにしたのは、海上家屋から眺める美しい夕焼けでした。海と空がオレンジ色に染まり、村のシルエットが幻想的に浮かび上がる風景は圧巻です。ワカトビの夕日がゆっくりと沈んでいく様子を眺めながら、新鮮な魚介類を味わう時間は、ただの食事を超えた心に残る体験でした。
波の音を聞きながら、海風に包まれて食べる魚介類は、さらに美味しさが引き立ちました。食事をしている間も、村の子どもたちが海辺で遊ぶ姿が見られ、村の穏やかな日常の風景が心を和ませます。
夕日が海に沈むと、空は徐々に紫から濃い青へと変わり、静かな夜の始まりを告げていました。